熊谷守一 :(くまがい もりかず) 岐阜県生。東美校卒。文展入選後、母の死を機に木曽山中で樵夫などをして五年間を過ごすが、斎藤豊作らのすすめで上京し、二科会会員となる。戦後は二紀会創立に参加したが、のち退会する。作風は次第に色と形が単純化し、独自の様式が確立された。また水墨画、書も能くする。文化勲章や叙勲を辞退し「画壇の仙人」と称された自由な生活と制作に晩年をおくった。昭和52年(1977)歿、97才。


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